最初はただ単に空冷化したい、それだけだった。
理由は「格好良いから」に他ならない。でもそれだってかなりのハードルで、2ストエンジンを初めて本格的に弄る素人にとっては本当に困難な道のりだった。
最初に出来上がった空冷エンジン。コレは楽しい乗り物だった。ポートタイミングなんかはシリンダーのベースとしたブラスターそのもので、これとSDRのクランクケースリードバルブ吸気の組み合わせは何とも言えない味わいが有った。初めて作った物なので当然不具合も多かったけどね。でもそれを帳消しにするくらいワクワクするフィーリングだった。
ひとつだけ不満があったとすれば、それはやはり絶対的パワーが不足していたこと。同一車種(車体や空力がイコール)ならば最高速度=馬力となる訳だけれど、この時のエンジンはどう頑張っても140km/hしか出なかった。そこまでの到達スピードは早かったんだけどね。シリンダーの元となったブラスターが17馬力なので、おそらく出ていたとしても20馬力そこそこだったんじゃないかな。
しかし俺的にはこれが許せなかった。空冷化したら遅くなる?空冷だから仕方がない?そんなの絶対に許容できなかった。
最高に楽しくて且つ最高に速いバイク。このSDRをいつしかそんな夢みたいな乗り物にしたい、と、ムラムラと製作欲求が高まった。
2ストエンジンのチューニングに関する資料を漁った。2ストチューニングに詳しい人を見つけては質問攻めにした。
2ストエンジンはどうしたら速くなる?どう弄ったらいい?
そこで得られた知識を要約すると、
デッカいキャブ付けて、圧縮上げて、ポートをガリガリ削って、高回転型のチャンバーを使えば速くなる、というものだったw
で、馬鹿正直にその通りにしたところ…
当たり前だけど壊れまくった!
でもね、こういうのは実際にやってみないと分からない。本当に理解した事にはならない。やってみて失敗して、勉強してまた失敗して、分からないところをまた人に聞いて…そうやって少しずつ知識を得て来た。
ってなわけで空冷号のスペック詳細を大公開!
・吸気系
キャブレターはFCR37。
キャブ口径は馬力に寄与する。条件が許せばクリーナーボックスを外してしまえば更に効果的。特にエアクリーナーの有無は重要で、直キャブにする事で吸気流速が稼げる様になる。これにより4ストに比べ吸入負圧の弱い2ストエンジンでも有効にガスを吸い出す事が出来る。
しかしウチのバイクは街乗りという縛りがあるのでエアクリーナーボックスは外せない。そういう意味でFCRはメインノズル付近の吸入負圧を稼ぎやすいので条件にマッチした良い選択だった。エアクリーナー付きでここまで馬力の出ている車両はまず無いと思う。
キャブセッティングは通年で同じ。MJ#158のPJ#65。気分でエアジェットの開度を弄ることはあるけど結局元に戻る。ピークを狙うだけのピンポイントなセットは嫌いなので、一年中変わらないズボラセッティング。
あとタスポ。昨年亡くなってしまった師匠が考案したものだが、これは本当に良い。簡単に説明すると、クランクケースリードバルブ吸気のエンジンにピストンバルブ吸気のポートを新たに追加するというもの。上手く仕込むと全域で2馬力程度の向上が見込まれる。
それからVフォースタイプのリードバルブ。これも間違いなく良い。ピークよりも中間加速に寄与するが、効果はハッキリと体感できる。アクセルワイドオープンでの力の出方が凄い。現代の2ストモトクロッサーが挙って採用しているのには訳があると思った。
・ポートタイミング
元となったブラスターのシリンダーのディメンションは以下の通り。(いずれもシリンダー上面からの実測値)
排気ポート 34.8mm
掃気ポート 47.4mm
これを以下の数値までガリガリ削った。
排気ポート 28.5mm
掃気ポート 45.5mm
ブラスターとしては超ハイチューン。相当にカリカリである。
このブラスターのポートから今に至るまでの、排気ポート6.3mm、掃気ポート1.9mmの変遷は、まるで先人たちが通った2ストチューニングの道をひとつひとつ追体験しているようで、本当にワクワクした。ノーマルSDRからすれば30馬力から10馬力アップのショートトリップだけど、実際にやったのはブラスターの17馬力からの大冒険だった。
で、これがどのくらいカリカリかというと…
実はノーマルのSDRと同じくらいw
というかどちらかというとDT200WRのディメンションに近い。
参考までに2車種のポートの実測値。
SDR
排気ポート 28.0mm
掃気ポート 46.5mm
DT200WR
排気ポート 28.3mm
掃気ポート 45.4mm
元々SDRのエンジンは結構なハイチューンなんだ。
一度でもSDR(若しくはDT200系エンジン)のポートタイミングについて詳しくダイアグラムを描いて検討した事がある人にならばこれは理解して貰えるはず。SDRの排気ポートタイミングは2ストレーサーのRS125やTZ125などのそれとほぼ同等。ここから見ても大幅なハイポート化は無理があるよね。
て事で空冷号のシリンダーディメンションはほぼDTのノーマル。空冷化も含めてSDRのデチューン版。でもこれでじゅうぶん馬力は出る。
・圧縮比
圧縮は上げているけど容積は量っていない。仕様変更をもうする必要が無くなったら量るかも。ヘッドの切削量は記録しているけど、燃焼室形状もヘッドガスケットもノーマルとは違うので、ここにその数字を書いても誤解を与えるだけで意味はないと思う。
ひとつ言えるのは、圧縮とポートタイミングはセットだという事。この辺は4ストのチューニングと一緒だね。馬力的に見ると、ハイポートにしてオーバーラップも大きくしたらセットで圧縮を上げないと意味は無い。逆にポートを無視して圧縮だけ上げてもこれまた意味は無い。
力が無いなら圧縮を上げる。圧縮上げて回らなくなったら圧縮を落とす。その繰り返し。
・チャンバー
マリオのNo.3チャンバー。
これは酷い選択だった。フィーリングは最高なんだけどトルク不足で最高速まで導けない。そんなダメ出しを皆んなにされたチャンバーだ。
でも俺は秋元さんの信者なので、そんな戯言は信じなかった。自分が感じた伸びやかなパワーフィールと秋元さんだけを信じた。
というかこのチャンバーの実力を世間に示したい、てのがこのチューニングの動機の大きな部分を占める。
ま、このチャンバーを直キャブと組み合わせれば答えは直ぐに見つかったんだろうけどね。低速域でのチャンバー流速が上がらないので吸気を引っ張れない。高いギアでのアクセルワイドオープンで失速するのはその所為。
直キャブなら前述の通り吸気流速を稼ぎやすいのだけれどウチのはエアクリーナー付き。回り道をして回り道をして、試せる事は全部試してどうにかこうにかエアクリーナー付きでこのチャンバーの性能を引き出す事に成功した。
・点火系
CDIはランツァのもの。
トラクションコントロールに興味があったのでこれを使っているが、他に意味は無い。ピックアップコイルとフライホイールトリガーを調整して点火時期をこのエンジンに合わせている。馬力を出す上ではSDRのノーマルCDIでも特に不満はないと思う。ノーマルは壊れないしね。
よく「電脳化はしないの?」と聞かれるが、興味はあるが今のところ必要としていない。これ以上要素が増えると整理し切れなくなるので敢えて排除している、というのが実際のところ。
あと、アナログ制御の方が興味がある、というか、やっていて楽しいと思う事が多い。
たぶん因果を逆に見ている。あるシチュエーションで点火時期を進め(遅らせ)なければならない時、点火時期そのものを動かすよりも先にエンジン内で起こっている現象の「何故」の方に興味が行ってしまう。自然界の物理法則を自分がどれだけ理解しているか?それをどれだけ利用できるか?というチャレンジはとても自分の性に合っている。
・クランク その他回転系
クランクは動的バランスを変更すると共に一次圧縮を上げている。
バランス変更は多分に実験的意味合いが強く、結果としては馬力アップよりもフィーリングの向上に寄与していると思う。
一次圧縮アップは馬力向上に有効。これは間違いなく効きます。
フライホイールはジェネレーターと共に小型化。フライホイール重量はノーマルの半分ほど。これもどちらかというとフィーリングの向上に効いているかな。回転変動のレスポンスが良くなり大変気持ち良い。
バランサーはノーマル。でもいずれは撤去したい。その為のクランクバランスの研究だ。これが取れれば馬力向上に繋がると思う。
あとウォーターポンプギアの撤去。空冷なので当然付けないんだけど、こんな物ひとつ取っただけでフリクションが減ったのを体感出来る。レーサー仕様で混合給油にしてオイルポンプを撤去するのは、そういう意味で有効だと感じます。が、ウチのは街乗り縛りなのでもちろん分離給油のまま。
あと意外だったのは今回のコンロッド交換。大端焼付き寸前のデータと今回とで2馬力しか変わらない。もっと劇的に変わるものと思っていたけど、意外とそうでも無かった。クランクの整備は大事だよって常々言って来たけど、それは本当だろうか? ちょっと自信が無くなった。
例えば前回も書いたシリンダーやピストンの傷の話。これはほとんど馬力には影響しなかった。過度にクリアランスが拡がってしまった場合は別だが、リングさえ確りしていればちゃんと馬力は出る。例え現状の傷だらけのシリンダーをボーリングして新品ピストンにしたところで1馬力までの差は出ないだろう。
それに加えて今回は、コンロッド交換という大手術をしたにもかかわらず2馬力程度しか変わらなかった。
世間一般で罷り通っている「◯◯が××になったらもうダメ」みたいな話はほとんどが嘘で、実際に馬力を出す上ではそれほど重要じゃ無かった。
じゃあどうやったら2ストは速くなるの?って、最初の疑問に戻るよね?
重要なのは部品を単体で見た時の性能向上では無く、各要素の相互的な合わせ込み。ひとつの要素だけに拘っていたら絶対に答えは出ないと思う。
じゃあどうするか、っていうと…
デッカいキャブ付けて、圧縮上げて、ポートをガリガリ削って、高回転型のチャンバーを使え♪
と答えるしかないw
もしかしたら今回ここに書いていない事が実は本当に重要なのかもしれない。
それは秘密とかじゃなくて、各要素が複数絡み合う部分で複雑すぎて言語化出来ないだけなんだけどね。
結局それをやってみて、自分のモノにしなきゃ何も理解した事にはならん、て事よ。
『真のエンスージアストは知っている。マシンのパフォーマンスを表すのは速度や馬力では無く”物を破壊する能力”で決まるという事を。』
これは海外の2ストマニアのフォーラムで見つけた大好きな言葉。散々壊した挙句に得られた馬力は一つの指標でしか無いし、行き着いた先の結果ですら無くただの途中経過に過ぎない。まだまだ入り口に立ったところ。一生勉強だわ。

ワンコの視線の先に希望の地があるのよ。